SNSで誹謗中傷を受けたとき、「通報すればすぐ消える」というのは残念ながら幻想です。この記事では、2025年4月に動き始めた情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)によって初めて公になった「削除対応の担当者はXで29人、Metaで190人」という数字を手がかりに、通報した後に本当にやるべきことを3つに整理して解説します。
「通報したのに、何日たっても投稿が消えない」
「子どもがSNSで悪口を書かれたが、親として何をすればいいのか分からない」
「学校では『通報しましょう』と言われるけれど、それで本当に守れるのか」
こうした声を、講演先の学校や保護者の方からよく聞きます。
この記事では、法律と行政の動きで明らかになった「SNS側の削除体制」という事実を押さえたうえで、削除を待つ間にできる具体的な行動と、子どもが被害を打ち明けてきたときの大人の対応をまとめます。仕組みを知ってから動くのと、知らずに待つのとでは、被害の深さがまったく変わります。
日本のX利用者は数千万人と言われます。その日本語の投稿に対して「消すか消さないか」を判断する担当者が29人。この数字は、SNS側が自慢したくて出したものではなく、国に指摘されて仕方なく初めて出てきたものです。
私は全国の学校・企業でSNS・デジタルリテラシーの講演を行っている立場から、そして元々は霞が関で働いていた立場から、この数字の意味と、私たちSNS利用者がどう身を守ればいいのかをお伝えします。
「Xは29人、Metaは190人」とは何の数字なのか
冒頭の数字をあらためて説明します。29人というのは、Xで日本語の投稿を見て「これは消す」「これは消さないでおく」と判断している担当者の人数です。190人は、Facebook、Instagram、Threadsを運営するMetaの担当者数です。
日本のX利用者は数千万人。毎日とんでもない数の日本語の投稿が流れています。朝起きたら何かが炎上していて、昼にはトレンドが変わり、夜にはまた別の話題で殴り合っている。そんな日常の中で「これは人権侵害だから消してください」という申請が来て、投稿の文脈を読み、法律に照らして、期限内に判断する。これを29人でやるわけです。
Metaの190人は一見多く見えますが、Facebook、Instagram、Threadsの3つ分です。しかもこの担当者は、日本語が分かるだけでは足りません。日本のネットの文脈まで分かる必要があります。「◯◯乙」が皮肉なのか内輪ノリなのか、「消えろ」が脅迫なのかゲームの話なのか。そこまで読める人が、この人数しかいないのです。
私はXやMetaを叩きたいわけではありません。素晴らしいサービスを提供していると思っています。ただ、私たちが今まで「通報ボタンを押せば何とかなるだろう」「誰かが対応してくれるだろう」と信じていたものの中身を知っておくことは、とても大事だと思うのです。
情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)で何が義務づけられたのか
この数字が出てきた背景には、2025年4月に動き始めた「情報流通プラットフォーム対処法」、略して情プラ法という法律があります。
ざっくり言うと、月に1,000万人以上が使うような大きなSNSに対して、国が「誹謗中傷にきちんと対応しなさい」と義務づけた法律です。中身を挙げると、次のようなものです。
・削除申請の窓口を作る
・申請から7日以内に判断し、結果をきちんと通知する
・削除の基準を公表する
・1年に1回、どれだけ対応したかを公表する
・対応する専門の担当者を置く
そして2025年7月24日、総務省はGoogle、X、Meta、ニコニコを運営するドワンゴ、爆サイの運営会社の5者に対して、是正勧告を出しました。この法律ができてから初めての勧告です。理由は公表義務違反。法律の28条では対応状況をきちんと公表するよう求められていたのに、それが足りていなかったのです。Googleは42項目のうち22項目、Xは18項目が不十分だったと報じられています。
私は元々霞が関で働いていましたが、行政が「勧告」という形で企業の名前を公に出すのは、かなり重いことです。いきなり罰則ではなく、まず「直しなさい」と公に言う。そこで各社が8月末までに出し直した資料の中に、今回の「Xの削除要請の担当者は29人」という数字が入っていました。
つまりこの数字は、国に言われて初めて表に出てきたものです。この体制で「通報すればすぐ消える」というのは、どう考えても無理があります。
誹謗中傷されたときの基本対応は今も変わらない
私は講演で「誹謗中傷されたらどうすればいいですか」という質問を本当によく受けます。これまでの答えはこうでした。
・スクリーンショットを撮って証拠を残す
・通報する
・必要なら大人や専門機関に相談する
これは今でも正しいので、必ずやってください。特に証拠は絶対に残しておいてください。いざ警察などが動くときに、投稿が消されていて証拠がない、ということが起こり得るからです。
ただ、29人という数字を見た後で、ひとつ付け加えなければいけないことがあると私は思いました。それは「削除は待つものではない」ということです。
通報した後、法律上は最長7日間、判断を待つことになります。その間も投稿は残り、拡散は続き、本人は毎日それを見てしまいます。7日は大人にとっては1週間ですが、中学生にとっての7日はかなり長い。学校に行けばその投稿を見た人がいるかもしれない、スマホを開けばまた自分のことを悪く言う人が増えているかもしれない。子どもの方が、時間を長く感じるものです。
だから私は、「消してもらうこと」をゴールにしないでほしいと思っています。消してもらうための手続きはもちろんする。けれど、消えるかどうかも分からないし、消えるとしても時間がかかる。その間に自分を、そして親御さんならお子さんを、きちんと守れるかどうか。ここに軸足を置いた方がいいと考えています。
削除を待つ間に自分を守る3つの方法
では、待つ間に具体的に何をするのか。3つに絞ってお話しします。
1. 見ない環境を自分で作る(ミュート・ブロック・アプリを一時的に消す)
通報した後、その投稿を何度も見に行って「まだ消えていない」「またリプが増えている」と確認してしまう人が多いです。しかし、確認するたびに傷は深くなります。
通報したら、ミュート、ブロック、場合によってはアプリを一時的に消してもいい。そこまでやって距離を置いてください。「逃げているみたいで嫌だ」と思う人もいるかもしれませんが、私の考えは逆です。これは逃げではなく防御です。殴られている状態で一旦その場を離れるのは、当たり前のことです。
2. 証拠は残す。ただし、残す作業は人に任せていい
スクリーンショット、URL、日時。これらは削除された後に「なかったこと」にされないために絶対に必要です。
ただ、この作業を本人がやるのは虚しく、切ないものです。自分への悪口を1枚1枚スクリーンショットして、写真フォルダに残していく。本当に嫌な作業です。だからもし子どもが被害に遭っているなら、証拠を残す作業は親御さんがやってあげてほしい。大人が被害に遭った場合も、信頼できる友人に頼んでいい。「本人が全部やらなければいけない」という考え方は捨ててください。
3. 相談先を複数持つ
SNS側の担当者は数十人しかいない。この事実を頭に入れたうえで、相談先は複数持っておいてください。SNS側の対応には時間がかかる可能性があるからです。
例えば、法務局の人権相談窓口、警察の相談窓口、弁護士、学校ならスクールカウンセラー。こうしたところに同時に相談しておくことは、場合によっては有効です。SNSの会社には担当者が数十人しかいなくても、日本の中には、あなたの話を聞いてくれる場所がもっとあります。ひとつの窓口にすべてを預けないでください。
それでも「SNS禁止」を選ばない理由
ここまで読むと、「こんなにリスクがあるならSNSはやめた方がいい」と思う人もいるかもしれません。保護者の方からも、そうした不安の声をよく耳にします。
それでも私は、禁止は選ばない立場です。理由は簡単で、私自身がSNSで人生を大きく良い方向に変えてきたからです。公務員を辞めた後、スキルを売り買いできるプラットフォームで500件近くの相談を受け、電子書籍を出版し、講演もしている。これは全部、SNSがあったからできた仕事です。
SNSは人を傷つける道具にもなるし、人生を豊かにする道具にもなる。どちらになるかは、使い方を知っているかどうかで決まります。だから私が言いたいのは「危ないから使うな」ではなく、「守ってくれる人はSNSの会社には少ない。だからこそ自分で守る力をつけよう」ということです。
車に乗るときのことを考えてみてください。事故が起きたら警察が来てくれます。それは本当です。でも、事故が起こる前にシートベルトをするのが普通です。「警察が来てくれるから」とシートベルトを外す人はいません。SNSも同じで、「何か起きたら誰かが対応してくれる」ではなく、そもそも何も起きないように気をつける、何かが起きたときの被害を最小限に抑える。その努力を、私たち利用者がしていく必要があります。
子どもが「SNSで嫌なことを書かれた」と言ってきたときの大人の対応
最後に、大人の方に向けてお話しします。
お子さんが「SNSで嫌なことを書かれた」と打ち明けてきたとき、一番言ってはいけないことがあります。「だからSNSなんてやめなさいと言ったでしょ」「何余計なことをやっているの」といった、否定から入る言葉です。
なぜかというと、次から言わなくなるからです。相談されなくなったら、大人の知らないところで物事はどんどん深刻になっていきます。
代わりに、こう言ってほしいのです。「よく言ってくれた」「ちゃんと相談してくれてありがとう」。そのうえで、消してもらう手続きは大人が一緒にやる。消えるまでは時間がかかるから、その間は見なくていいように「ちょっと一回アプリを消そうか」「1週間はSNSから離れようね」と、優しく声をかける。
たったこれだけで、子どもは「自分は一人じゃない」と安心できます。目の前の大人が一人、きちんと味方をしてくれること。これが子どもにとって大きな意味を持ちます。ただでさえ不安でしんどいところに、目の前の大人まで否定したり怒ったりしたら、余計に不安で、余計にしんどくなるだけです。
まとめ:数字を知ったからこそ、動き方を変える
今回の内容を整理します。
- 日本語投稿の削除窓口の担当者は、Xで29人、Metaで190人。情プラ法に基づく総務省の勧告を受けて、初めて表に出た数字です。
- 「通報すればすぐ消してもらえる」は幻想です。削除は待つものではなく、待っている間に何をするかが大事です。
- 待つ間にやることは3つ。見ない環境を自分で作る、証拠は残すが作業は人に任せていい、相談先を複数持つ。
- SNSにはたしかにリスクがある。それでも禁止ではなく、自分で自分を守る力をつける教育に力を入れていく。
数字を知って絶望するのではなく、数字を知ったからこそ、私たち利用者の動き方を変えていく。この記事を通して、そんなふうに思っていただけたら嬉しいです。
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