フィギュアスケートの「りくりゅう」こと三浦選手・木原選手の婚約発表に対して、祝福とともに「騙された」「ファンを裏切った」という批判が起きました。この記事では、何も悪いことをしていない二人の幸せな報告がなぜ攻撃されてしまうのか、その背景にある3つの心理と、SNSの仕組みを解説します。
「推しの結婚が素直に祝えない自分が嫌になる」
「なぜ黙っていたのかとモヤモヤしてしまう」
「SNSを見ていると、世の中が賛否で真っ二つに割れているように感じる」
有名人の婚約や結婚のニュースが出るたびに、こうした声を目にします。アイドルや俳優、スポーツ選手など、対象は違っても構造は同じです。
この記事では、婚約そのものを深掘りするのではなく、今回の騒動から見える「SNSのリアル」を整理します。「なぜ攻撃してしまうのか」が分かれば、自分の中に生まれた違和感と、本人への攻撃を切り分けられるようになります。
先にお伝えしておくと、批判的な投稿が2400万回以上表示されたと報じられていましたが、それは2400万人が批判に賛同したという意味ではありません。SNSには「強い言葉ほど広がる」仕組みがあり、ごく一部の声が世論のように見えてしまうのです。
私は全国の学校・企業でSNS・デジタルリテラシーの講演を行っている立場から、この騒動を「誰が悪いか」ではなく、SNSを使う私たち全員の話として考えていきたいと思います。
りくりゅうペアの婚約発表は、なぜ批判されたのか
長年ペアとして支え合い、世界の舞台で結果を残してきた三浦選手と木原選手が婚約を発表しました。発表では、お互いがかけがえのない、なくてはならない存在になったと報告されています。普通に考えれば、とてもおめでたいニュースです。
ところがSNSでは、祝福の声とともに、「騙された」「嘘をつかれていた」「競技中から付き合っていたなら公表すべきだった」「ファンを裏切った」といった批判も出ていました。一部の批判投稿は、Xで2400万回以上表示されたと報じられています。
最初にはっきり言っておきたいのですが、この二人は何も悪いことをしていません。交際していたとしても、それを世間に報告する義務はありません。
ましてや二人は、世界のトップで戦うアスリートです。ペア競技では、演技上の関係と実際の恋愛関係が混同されやすい。競技中に交際を公表すれば、演技よりも恋愛ばかりが注目されるかもしれない。喧嘩をしたり別れたりすれば、競技への影響を勝手に想像される。だからこそ大切な大会が終わるまで公表しない。これは、二人が競技に集中するための、きわめて自然な判断だと思います。
過去に交際を聞かれた際も、「ご想像にお任せします」といった対応をしていたそうです。嘘をついていたわけではありません。プライベートを話さないことと、嘘をつくことは、まったく違います。
「違和感を持つこと」と「本人を攻撃すること」は別の話
ただし、この婚約発表を見て、少し驚いたりモヤモヤしたりする人がいること自体を否定するつもりはありません。恋愛関係ではないと思って応援していた人も、ずっと見てきたイメージと違ったと感じた人もいるでしょう。誰かの発表を見てどんな感情を持つかは、人それぞれ自由です。アイドルの恋愛や結婚でも同じことが言えますし、祝福できない自分を無理やり祝福させる必要もありません。
けれども、違和感を持つことと、本人を攻撃することは、まったく別の話です。
「自分は少し複雑な気持ちになった」。これは普通の感情です。しかし、「嘘つき」「ファンを裏切った」「許せない」と本人たちを責め始めた瞬間、それは単なる感想ではなく、攻撃になります。自分の中に感情が生まれたからといって、その感情の責任を相手に取らせてよいわけではないのです。
なぜ「騙された」と感じてしまうのか|3つの背景
では、なぜ人は「騙された」と感じてしまうのでしょうか。私は大きく3つの背景があると考えています。
背景1:応援がいつの間にか「所有」に変わっている
一つ目は、応援している相手との距離を、実際より近く感じすぎてしまうことです。
長い時間応援していると、その人の努力や苦労、喜びや悲しみをずっと見てきたような感覚になります。実際に会ったことがなくても、「自分はこの人をずっと見てきた」「自分も物語の一員だ」と思ってしまう。今回のりくりゅうペアは少し違うかもしれませんが、アイドルや俳優ではとくに起こりやすい現象です。
応援する気持ちそのものは悪いものではありません。とてもよいことです。ただ、気持ちが強くなりすぎると、応援が「所有」に変わってしまうことがあります。「応援してきた自分には真実を知る権利がある」「自分に黙っていたのは裏切りだ」と考えてしまうのです。
しかし、ファンは応援する存在であって、本人の人生を管理する存在ではありません。応援した時間や使ったお金によって、相手のプライベートを知る権利が発生するわけではないのです。
背景2:自分の中で作っていた「物語」が壊された
二つ目は、見ている側が自分の中で作っていた物語が、現実によって壊されたことです。
りくりゅうペアを見て、「恋愛感情を超えた純粋なパートナー」「兄と妹のような関係」「競技だけで結ばれた特別な二人」という物語を作っていた人もいたでしょう。そう思うこと自体は自由です。ところが婚約発表によって、その物語が現実と違っていたことが分かった。そこで「裏切られた」と感じてしまう。
でも、本人たちはその物語を約束していません。映像や発言から受け取った情報をつなぎ合わせて、見ている側が勝手に作った物語です。ファンではない人が作っている場合もあります。少し厳しい言い方をすれば、本人に裏切られたのではなく、自分の想像と現実が違っていただけなのです。
これは芸能人やスポーツ選手に限った話ではありません。SNS上の発信者に対しても、「この人は絶対こういう人だ」「この人なら自分の気持ちを分かってくれるはずだ」「この人はこんな選択をしない」と、勝手に人物像を完成させてしまう人がいます。SNSで見えているのは、その人の人生のごく一部分にすぎません。ここは本当に気をつけてほしいところです。
背景3:シンプルに「嫉妬」
三つ目は、実はこれがいちばん多いのではないかと思うのですが、嫉妬です。
嫉妬というと「羨ましいから叩いている」と単純に聞こえるかもしれませんが、実際はもっと複雑です。自分の恋愛がうまくいっていない。自分の人生に満足できていない。将来に不安を抱えている。そういうとき、誰かの幸せを見ると、自分に足りないものを突きつけられているような気がする。誰かの婚約発表を素直に祝えないことは、人間として不自然な感情ではないと思います。
問題は、その苦しさを本人への批判に変えてしまうことです。「交際を隠していたのが悪い」「ファンへの説明が足りない」「発表の仕方に違和感がある」。もっともらしい理由をつけているようで、実際には自分の中の寂しさや不満が形を変えて出ている場合があります。人は、自分が嫉妬していると認めるよりも、相手に問題があると考えたほうが楽だからです。その楽なほうに逃げてしまっている可能性は、大いにあります。
「2400万回表示」は世論ではない
一部の批判的な投稿が2400万回以上表示されたと報じられていました。ただ、これは2400万人が批判に賛同したということではありません。驚いて見た人、反論するために引用した人、何が起きているのか確認しに行った人。そのすべてが表示回数に含まれます。「炎上している」「すごく見られている」というのは、世論そのものではないのです。
そもそもSNSでは、「おめでとうございます」という穏やかな言葉や優しい言葉よりも、「嘘つき」「騙された」「絶対に許せない」という強い言葉のほうが反応を集めます。アテンションエコノミーという言葉もありますが、反応が集まれば集まるほど、さらに多くの人に表示されていく。本当はごく一部の意見なのに、まるで社会全体が賛否で真っ二つに割れているように見えてしまうのです。
実際、報道を見る限り、りくりゅうペアの婚約には祝福の声のほうが圧倒的に多いです。数だけで言えば多数派は祝福している。ただ、一部の大きな声が拡散されすぎているために、届く量としては批判もかなり届いてしまっている。それだけのことです。
SNSだけを見て世の中を理解した気になってしまうことには、注意が必要です。エコーチェンバー現象やフィルターバブルといった言葉もありますが、それに近い構造がここにもあります。
「有名人なら批判されて当然」は本当か
こういう話をすると、「SNSで何を言おうが自由だ」「有名人なら批判される覚悟を持つべきだ」という意見も出てくると思います。
確かに、自分の意見を言う自由はあります。しかし、自由があることと、何を言っても正当化されることは別です。
たとえば、誰かの結婚を知って、友人との会話で「自分は意外だったな」と話すのは普通の感想です。けれども、本人が見る可能性のある場所で「騙された」と書く、根拠のない情報を広める、人格を否定する。ここまで行ってしまうと、本人を傷つけるだけでなく、内容によっては法的な問題につながる可能性もあります。
SNSは独り言のように見えて、ものすごく大勢に届く可能性を秘めた、世界に向けた公開発言です。スマートフォンに文字を打っているとき、目の前には誰もいないかもしれません。しかし、だからといって自分の言葉が人に届かないわけではない。むしろ、一人で打っているからこそ、とんでもない人数に届く可能性があることを忘れがちなのです。これがSNSの怖さです。
本当に大切なSNSリテラシーは「何を言わないか」を判断する力
私たちは、目に入ったものすべてに意見を言わなければならないわけではありません。婚約発表を祝福できないなら、何も言わなくていい。違和感があるなら、自分の中で抱えて終わりでいい。興味がなければ、画面を閉じればいい。
SNSでは「何を言うか」ばかりが重視されているように思います。でも、本当に大切なSNSリテラシーは、「何を言わないか」を判断する力です。
心が動いた瞬間に投稿するのではなく、次のことを立ち止まって考えてみてください。
・この言葉を、本人の目の前で言えるか
・これは意見なのか、ただの攻撃なのか
・今、自分の不満を他人にぶつけていないか
その数秒があるだけで、SNS上の攻撃はかなり減っていくのではないかと思っています。
私たちにできるのは、祝福するか、静かに見守るか
りくりゅうペアの婚約をどう受け止めるかは、人それぞれでいいと思います。驚く人がいてもいいし、複雑に感じる人がいてもいい。心から祝福する人もいるでしょう。どの感情を持つかは自由です。
でも、二人は何も悪いことをしていません。交際を公表する義務もなければ、ファンであってもなくても、二人のプライベートを知る権利はありません。
今回の批判の背景には、応援が所有意識に変わっていたこと、自分の作った物語と現実の違い、幸せな人への嫉妬、強い言葉を拡散するSNSの仕組み、そして感情と攻撃を区別できなくなっていることがあると思います。誰もが簡単に発信できる時代だからこそ、「言えるかどうか」ではなく、「言う必要があるか」「言っていいのか」「言わないべきことは何か」を考える力が、ますます大切になります。
他人の人生は他人のものです。応援している相手でも、好きではない相手でも、有名人でも、それは変わりません。だからこそ、二人の人生の大切な決断に対して私たちができることは、祝福するか、静かに見守るかだと思います。納得がいかないなら、黙っていればいい。どうしても言いたいなら、居酒屋で友達に話せばいい。本人が見るかもしれない場所に、本人が傷つく可能性のある言葉を吐き出す必要が本当にあるのか。一度、考えてみてほしいと思います。
SNSが、人の幸せに石を投げる場所ではなく、誰かの喜びを一緒に喜べる場所になるように。そのために一人ひとりのSNSリテラシーを高めていくことが、今回の騒動から学べるいちばん大きなことだと私は考えています。
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