SNSで「普通なら何でもないこと」が燃えてしまうのは、叩く人の性格の問題ではなく、切り取り、事実と憶測の混同、正義の形をした攻撃、「有名人だから仕方ない」という空気という、4つの構造が重なるからです。この記事では、板野友美さんをめぐる一連の炎上を題材に、なぜ日常の一場面がここまで燃えるのかを整理し、発信する側と見る側それぞれにできることをお伝えします。
「切り抜きを見て、この人はひどい親だと思った」
「みんなが言っているのだから、きっと本当なのだろう」
「有名人なのだから、叩かれるのは仕方ない」
タイムラインでこうした気持ちになったことがある人は、少なくないと思います。
この記事では、板野さんが正しいか間違っているかをジャッジするのではなく、炎上が生まれる仕組みそのものを構造として解説します。仕組みが分かれば、叩く側にも叩かれる側にもならないための具体的な行動が見えてきます。
意外に思われるかもしれませんが、叩いている人の一人ひとりは、必ずしも悪人ではありません。「気になる」という素朴な違和感が、SNSの構造に乗った瞬間に「非常識」「愛情がない」「嘘つき」へと一段階ずつ強い言葉に変換され、合計すると一人の人間を地獄に落とすパワーになってしまうのです。
私は全国の学校・企業でSNS・デジタルリテラシーの講演を行っている立場から、そして毎日SNSで発信している一人として、この構造を他人ごとではない話として考えていきます。
何があったのか。板野友美さんをめぐる一連の流れ
まず、事実だけを一度並べます。
8月26日、ABEMAの番組で板野さんが4歳の娘さんの言葉の教育について悩みを話しました。インターナショナルスクールに通っていて英語が中心なので日本語を嫌がるようになった、日本語の塾にも行きたがらない、という内容です。これをきっかけに、SNSでは「親として娘に愛情がない」といった声が出始めました。過去のYouTube動画で、娘さんが慣れない場所で泣いている場面を成長記録として出していたものも掘り起こされました。
これに対して板野さんはXに長文を投稿しました。一部だけを切り取られ、事実とは異なる憶測で決めつけられることに違和感がある、画面越しには伝わらない時間もたくさんある、意見と誹謗中傷は違う、という趣旨です。
さらに9月3日には、日光への家族旅行のYouTube動画が公開されました。この中に、ホテルの大浴場で娘さんの髪を乾かしたりスキンケアをしたりする場面があり、「公共の脱衣所で撮影するのは非常識だ」という批判が殺到しました。
9月5日、板野さんは「誤解を招くような表現になってしまい申し訳ございません」と謝罪したうえで、ホテル側から特別に撮影許可をもらって撮影したと説明しました。動画の概要欄にも、撮影協力と特別な撮影許可のことは最初から書かれていました。なお、SNS上では「ホテルに問い合わせたら許可していないと言われた」という書き込みも拡散されていますが、これが正式な情報なのかどうかは、冷静に確認が必要な部分です。
本来は「何でもない日常」だったはず
ここからが本題です。冷静に見てほしいのですが、娘さんが日本語を嫌がって悩んでいるというのは、インターナショナルスクールに通わせていれば起こり得る、ごく普通の親の悩みです。子育てをしている人なら、日本語に限らず、誰でも何かしら似たような悩みを持っているはずです。
ホテルで娘さんの髪を乾かしているのも、それ自体は何でもない日常です。本当に撮影許可が取れているのであれば、何も言うことはないはずです。
それなのに燃える。なぜなのか。私は4つの大きな理由があると考えています。
何でもないことが燃える4つの構造
1. 切り取りが前提になりすぎている
番組で30分話したうちの30秒、動画10分のうちの10秒。それだけが切り抜かれて流れてきます。板野さん自身が「一部だけを切り取られて」と言っていますが、まさにその通りです。
見る側はその30秒しか見ていないのに、その30秒で「この人はこういう人だ」と決めつけてしまう。テレビやYouTubeに出ている人が切り抜きで炎上するケースは本当に多く、私が地上波に出演させてもらったときに一緒だったタレントさんも同じことを話していました。
2. 事実と憶測の距離が一瞬でゼロになる
「日本語を嫌がっている」は事実かもしれません。しかし「愛情がない」は憶測です。「大浴場で撮っていた」は事実かもしれませんが、「許可なんて取っていないだろう」は憶測です。
SNSでは、事実と推測が同じ文字の大きさで、同じ熱量で、同じスピードで流れていきます。しかも憶測のほうが叩きやすいので、みんなで騒いで拡散されていくのです。
3. 叩くことが「正義」の形をしている
これが一番の問題だと思っています。叩いている人たちは、自分が悪いとは思っていません。「子どもがかわいそうだから言ってあげている」「他のお客さんへの配慮がないから注意してあげている」。正義の形をしているから、ブレーキがかからないのです。
そして同じ正義の人が集まると、一人ひとりは「ちょっと言っただけ」でも、合計で何千件になれば、本人に届く攻撃力は何千倍になります。
4. 「有名人だから言われて当然」という空気
俗に言う「有名人税」です。有名になったのだから、稼いでいるのだから、私生活を発信しているのだから、叩かれるのは仕方ない。今回も「子どもをネタにしてお金儲けをするのをやめればいい」という声が出ています。
この空気は、今まで以上に露骨になっていると感じます。子育て系インフルエンサーへの風当たりは非常に強いですし、以前、多くのYouTuberの収益化が止まった時期には、ペットチャンネルに対して「動物で金を稼ぎやがって」という声もありました。
しかし、有名であることと、憶測で人格を否定されることは別の話です。有名になったからといって、知らない人から「愛情がない親」と決めつけられるのは、どうなのでしょうか。
叩く人は悪人なのか
ここであえて逆のことにも触れておきます。叩く人は悪人なのでしょうか。
正直に言うと、今のSNSには誰かを叩きたい人がかなり多いという感覚はあります。しかし、叩きたい人が全員、性格の悪い悪人かというと、それは違います。批判している人の中には、本当に他のお客さんが嫌がるだろうと思った人も、本当に子どものことを心配した人もいるでしょう。それは意見であって、誹謗中傷ではありません。板野さん自身も「意見と誹謗中傷は違う」と線を引いています。
問題は、その意見がSNSの構造に乗った瞬間に変わってしまうことです。「気になる」が「非常識」にラベリングされ、「心配」が「愛情がない」に変わり、「疑問」が「嘘つき」に変わる。言葉が一段階ずつ強くなっていき、強い言葉ほど拡散されるので、結局いちばん強い言葉だけが伸びていきます。
つまり、叩いている一人ひとりは普通の人で、ごくシンプルな違和感を感じただけかもしれない。それでも合計すると、一人の人間を地獄に落とすようなパワーを持ってしまうのです。
私自身、毎日SNSで発信しているので、この構造は他人ごとではありません。フォロワーが増えれば増えるほど切り抜かれる可能性は高まりますし、私もInstagramである動画の再生数が伸びたときに、アンチのような方から非常に長文のコメントが来たことがあります。有名になるとは、そういうリスクを背負うことでもあります。
発信する側にできる3つのこと
1. 誤解されそうな場面には、最初から画面の中に一言入れる
今回の件で私がいちばん「なるほど」と思ったのは、業界の方からの「疑問を持たれそうな場面にはテロップで最初から一言入れておけば防げた」という指摘です。
撮影許可のことは概要欄に書いてありました。しかし、私もYouTubeをやっているから分かるのですが、概要欄を読む人はほとんどいません。今はテレビでYouTubeを見る人も多く、特にシニア層はその傾向が強い。概要欄はまず見られません。だからこそ、「特別に許可を得て撮影しています」と画面の中に入れておくべきだったのです。HIKAKINさんなどはこのあたりを非常に丁寧にやっています。
「ちゃんと説明すれば分かってくれる」は、今のSNSでは通用しません。説明する前に燃えるからです。燃えているところしか見られておらず、肝心の説明は届いていない。だから、燃えそうな場面には燃える前に一言入れておく。面倒ですが、発信を続けるなら必須のコストだと思っています。
2. 「どちらかを悪者にしない」作り方を意識する
私が動画を撮るときにずっと意識しているのは、どちらも悪いものにしないことです。二項対立的な構図は「違うだろう」「間違っている」という反応を生みやすい。私は塾で中高生に英語の授業をすることもありますが、作文では「譲歩」を使うように伝えています。「確かにこうだけれど、こういう一面もあるよね」という形です。短くて強い、賛否を生む投稿のほうが伸びるのは事実ですが、そこまでして伸びて炎上しても仕方がありません。
3. 子どもを出す発信は、毎回メリットとリスクを天秤にかける
子どもを出すなと言いたいわけではありません。それは家族の判断であり、親御さんの判断です。ただ、自分で「出ていい」と判断できない年齢の子もいます。だからこそ、親御さんがその子の代わりにリスクをきちんと理解し、引き受ける覚悟が必要ではないかと思います。
見る側にできる、たったひとつのこと
発信側よりも、こちらのほうが多くの人に関係があると思います。やってほしいことは、たったひとつです。
叩く前に、一回だけ元を見てください。
切り抜きを見て怒りたくなったら、元の動画や番組をきちんと見る。「許可していないらしい」という書き込みを見たら、それが本当に正式な情報なのか確認する。
SNSは感情を動かした投稿ほど伸びます。だからみんな、強い言葉で、断定口調で、主語を大きくして、事実を少しねじ曲げながら投稿しています。私が学校の講演でデマの話をするときも、まったく同じことを伝えています。拡散する前に、とにかく一回だけ元を見る。見た瞬間に反応するから、誤解がどんどん生まれて広がっていくのです。
もうひとつ、自分が書こうとしているコメントが「意見」なのか「決めつけ」なのか、送信前に一回だけ見直してください。
「大浴場での撮影は、他のお客さんが気になりませんか」。これは意見です。
「こんな親、愛情ないでしょ」。これは決めつけです。誰がそれを判断できるのでしょうか。
一行の違いでも、届く側にとっては天と地の差があります。
まとめ:叩く側にも、叩かれる側にもならないために
今回の件は、普通なら何でもないことが、切り取りと憶測で燃えた典型的な例です。
燃える構造は4つ。切り取り、事実と憶測の混ざり合い、正義の形をした叩き、そして「有名人だから仕方ない」という空気です。叩いている人は一人ひとりは普通の人ですが、合計すると一人を地獄に落とすパワーを持ちます。だから、発信する側は誤解される前提で作り、見る側は叩く前に元を見る。
私はSNSを、人生を豊かにする道具だと思っています。それは今も変わりません。ある人の才能や素敵な部分、持っている知識を世の中に届ける最高のツールです。
でも、今のSNSには「誰かを叩きたい」という空気が確実にあります。それを「有名人なのだから仕方ない」で片付けていたら、その矛先は有名人ではない誰かにも、どんどん向かっていきます。
叩く側にも、叩かれる側にもならないための話として、この記事を受け取ってもらえたら嬉しいです。SNSは、もっと明るい場所でいいはずです。
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