SNSの誹謗中傷はどこまで責任を問われる?「詐欺師」の3文字が逮捕と約2億3000万円の賠償請求になった構造

SNSの誹謗中傷は、もはや「消せば終わる」ものでも「書いた本人だけの問題」でもありません。この記事を読めば、2026年10月に京都で明らかになった事案をもとに、中傷が刑事事件と高額賠償請求に発展する構造、削除では損害が止まらない理由、「言っただけ」「拡散しただけ」の人にも責任が及びうる流れが分かります。

「嫌なら見なければいい」
「消してもらえば済む話でしょう」
中傷を受けた人は、ほぼ必ずこう言われます。言う側に悪気はないことも多い。けれど、この二つがどれほど現実とずれているかは、実際に起きた事案を追うとはっきり見えてきます。

この記事では、報道で確認できる事実を整理したうえで、①削除しても損害は消えないこと、②書いた人だけでなく「書かせた人」にも責任が問われようとしていること、③2022年の法改正以降、流れはずっとこの方向に来ていること、という3つの論点を見ていきます。

とくに注目してほしいのは2点目です。これまで誹謗中傷は「書いた本人が責任を取る」話でした。ところが今回、動画を作って投稿した人だけでなく、それを作らせたとされる人物まで捜査と訴訟の対象になっています。これが通るなら、「自分は書いていない、言っただけだ」は成り立たなくなります。

私は全国の学校・自治体・企業でSNSリテラシーの講演を行っています。その立場から、誰かを断罪するためではなく、自分の一言が持つ重さを知る材料として、この件の構造をお伝えします。

なお、この記事では亡くなった方とご遺族、逮捕された方の個人名やチャンネル名は記載しません。刑事・民事ともに手続きが続いており、紹介する訴訟の内容はあくまで原告側の主張です。

目次

京都で何が起きたのか|報道で分かっている事実

まず、公になっている事実関係を整理します。

亡くなったのは、京都市左京区の不動産会社の元代表取締役の男性です。当時36歳でした。2025年6月、この男性を「詐欺師」などと中傷する動画がYouTubeに投稿されます。投稿したのは、登録者100万人を超える規模のチャンネルでした。報道によれば、動画には男性の画像に「詐欺師」といった文言を重ねたテロップが使われ、組織ぐるみの犯行だとする発言も含まれていたとされます。

男性は、その翌月にあたる2025年7月、自ら命を絶ちました。

2026年10月14日、京都府警は動画を投稿したYouTuberの男(28)を名誉毀損の疑いで逮捕します。あわせて、動画に出ていた会社役員の男性2人が恐喝未遂の疑いで逮捕されました。報道によれば、男性を追及する動画を投稿すると脅して現金30億円を要求した、というのが容疑の内容です。

翌15日には、亡くなった男性の母親が、逮捕された人物を含む3人を相手取り、計約2億3000万円の損害賠償を求めて京都地裁に提訴しました。訴状では、息子の自殺は中傷動画の投稿が原因であり、ゆすりの手段として動画の作成と投稿が指示されたと主張されています。

逮捕された人物は認否を留保していると報じられています。ここから先は裁判で争われることであり、私が断定できるものではありません。ですからこの記事では、事実認定ではなく構造の話をします。

なぜ「詐欺師」という言葉が名誉毀損になるのか

SNSを眺めていれば、「詐欺師」「嘘つき」といった言葉は毎日のように流れてきます。それくらい軽く使われている言葉です。

しかし「詐欺師」は、法律上の意味で言えば「この人は犯罪者だ」という断定に近い表現です。それをテロップとして画面に出し、登録者100万人規模のチャンネルで配信する。見た人の中には、その情報をそのまま受け取る人が必ず出てきます。

結果として何が起きるか。仕事の取引が止まる。人間関係が壊れる。外を歩くのが怖くなる。実害が生活のあらゆる場所に出ます。

以前、ある芸能事務所が公表した法的措置の基準を取り上げたことがあります。そこでは「事実と異なる情報」と「人格を否定する表現」が対象とされていました。「詐欺師」はその両方に当たり得ます。事実でなければ名誉毀損になり得ますし、仮に何らかの事実があったとしても、表現が攻撃的であれば侮辱に当たる可能性があります。

今回、警察は名誉毀損の疑いで逮捕に踏み切りました。少なくとも捜査機関は、この表現が刑事事件になり得ると判断したということです。

「削除すれば終わる」はなぜ成り立たないのか

中傷を受けた側が言われがちなのが、「消してもらえばいい」という言葉です。今回の件が示しているのは、削除は損害を止めないという現実です。

動画が消えても、見た人の認識は消えません。「あの人、詐欺師って言われていたよね」という記憶は残ります。一度傷ついた信用は、削除をもって自動的に戻るものではありません。本人が受けた精神的な傷も、動画の有無とは関係なく残り続けます。

男性が亡くなったのが2025年7月。それから1年以上が経って、母親が提訴しました。請求額は約2億3000万円。この金額が意味しているのは「動画を消せ」という要求ではなく、人がひとり亡くなったことに対する請求です。

以前、拡散された情報は否定しても元に戻らないという話をしました。今回はさらに重く、削除しても謝罪しても戻らないものがある、ということです。

SNSに何かを書くとき、「まずければ後で消せばいい」と考えている人は、この件を覚えておいてほしいと思います。消せるのは投稿だけです。

「書いた人」だけでなく「書かせた人」の責任が問われ始めている

今回の件で最も新しいのは、ここです。

動画を作って配信したのはYouTuberです。しかし訴訟では、ゆすりの手段としてその動画の作成と投稿を指示した別の人物がいると主張されています。捜査機関も、その人物を恐喝未遂の疑いで逮捕しました。

事実かどうかは裁判で判断されます。ただ構造として見てほしいのは、書いた人だけでなく、書かせた人・利用した人にも責任を問おうとしているという点です。

これまでの議論は「書いた本人が責任を取る」という前提で進んできました。けれど実際のSNSでの攻撃は、一人で完結しないことのほうが多い。誰かが「やれ」と言う。誰かがネタを提供する。誰かが拡散する。誰かがコメントでさらに煽る。

今回の提訴は、その「一人ではない」構造の最も上流を捕まえにいっているように見えます。配信者だけでなく、配信者を使ったとされる人物まで被告に含めているからです。これが認められれば、「自分は書いていない、言っただけだ」は通らなくなります。

以前、闇バイトを取り上げた際に「紹介した時点で加害者側だ」という話をしました。誹謗中傷も同じ構造に入ってきているのだと思います。実行していなくても、つないだ時点で当事者ということです。

2022年の侮辱罪厳罰化から、流れはずっとこちらに来ている

この件は、突然現れたものではありません。

2022年7月7日、改正刑法が施行され、侮辱罪の法定刑が引き上げられました。それまで拘留(30日未満)または科料(1万円未満)だけだったものが、1年以下の懲役もしくは禁錮、30万円以下の罰金、または拘留もしくは科料へと変わり、公訴時効も1年から3年に延びています。

きっかけは、SNSで中傷を受けていた女性プロレスラーが亡くなった事件でした。あの時、書き込みをした人物に科された金額は科料9000円。軽すぎるという声が広がり、法改正の機運につながりました。

それから4年。今回は名誉毀損での逮捕、恐喝未遂での逮捕、そして民事で約2億3000万円の請求です。

「SNSの中傷は軽い」という時代は、もう終わっています。警察は動きますし、裁判所も動きます。そしてご遺族は、諦めません。

これは有名人だけの話ではない

今回亡くなったのは、京都の不動産会社の代表だった方です。芸能人でもインフルエンサーでもありません。普通に仕事をしていた一人の人が、「詐欺師」というテロップによって生活を壊されていった。発信する側にとっても、見る側にとっても、これは他人事ではないということです。

私たちが今日からできる3つのこと

では、私たちはどうすればいいのか。私の考えは3つです。

1. 「詐欺師」「嘘つき」という言葉を安易に使わない

本当に詐欺なら警察に相談してください。本当に嘘なら事実を示してください。そして、わざわざSNSに広げるのではなく、しかるべきところに持ち込んでください。

「詐欺師」の3文字で片づけた瞬間、それは告発ではなく中傷になることがあります。告発と中傷を分けるのは熱量ではなく、手続きと根拠です。

2. 「言っただけ」「煽っただけ」でも当事者になる

「誰々をさらせ」「もっとやれ」とコメントする。自分では書いていない。けれど、書かせている。今回の提訴が示しているのは、その書かせた側にも責任が及びうるということです。自分の一言が誰かの行動の引き金になっていないか。一度立ち止まる価値があります。

3. 見かけたら拡散ではなく通報する

「この人、詐欺師らしいよ」と広めるのは、中傷への加担になり得ます。本当に問題があると感じたなら、プラットフォームに通報する。警察に相談する。そちらが筋です。

拡散は正義ではなく、燃料になることがあります。正しいか分からないものを広げるのはやめましょう。それが誤りだったとき、取り返しがつかなくなります。

SNSは人生を豊かにする道具である、という考えは変わらない

私がこうして発信や講演の活動を続けられているのは、SNSがあったからです。SNSによってメッセージが届きやすくなり、会えるはずのなかった人に会えるようになりました。人生を豊かにする道具だという考えは、こうした悲しい話をしたあとでも変わりません。

ただ、同じ道具が人の命を奪う方向にも使えてしまう。温かい言葉を見て「もう少し頑張ろう」と思える人がいる一方で、「詐欺師」という3文字が100万人に届いて一人の人を追い詰めることもある。これが、SNSという道具が持つもう一つの顔です。

だから私は、講演でもYouTubeでも同じことを言い続けています。「使うな」ではありません。それはもう現実的ではないからです。この道具の重さを知ったうえで使おう、という話です。

そして、それを知れる場所が日本にはまだ足りていません。SNSリテラシーの教育は絶望的に遅れています。私が国家公務員を辞めてこの活動に移ったのも、そこを伝えたいと思ったからでした。

なお、今回のような話題に触れてつらい気持ちになった方は、どうか一人で抱え込まないでください。信頼できる人や、公的な相談窓口に話してみることをおすすめします。

まとめ:消せるのは投稿だけで、届いてしまったものは戻らない

今回の内容を整理します。

・2025年6月、京都市の不動産会社の元代表取締役の男性(当時36歳)を「詐欺師」などと中傷する動画がYouTubeに投稿され、男性は翌月に亡くなった
・2026年10月14日、動画を投稿したYouTuberが名誉毀損、会社役員2人が恐喝未遂の疑いで逮捕された
・翌15日、男性の母親が3人に計約2億3000万円の損害賠償を求めて京都地裁に提訴。自殺は中傷動画が原因だと主張している
・削除は損害を止めない。動画が消えても、認識も信用の毀損も残る
・「書いた人」だけでなく「書かせた人」にも責任が問われようとしている
・2022年7月の侮辱罪厳罰化以降、流れはずっとこの方向にある。「中傷は軽い」時代は終わった
・できることは3つ。①「詐欺師」などの言葉を安易に使わない ②言っただけ・煽っただけでも当事者だと知る ③拡散ではなく通報する

自分が書く一言、押す一つのいいね、送る一つのコメントが、誰かの人生にとんでもない重さで届くことがあります。それは悪い方向にも働きますが、同じだけ良い方向にも働きます。誰かがほっとする、優しい気持ちになれる、明日も頑張ろうと思える。そういう使い方を選べる人が、一人でも増えてほしいと思っています。

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