職場のSNS投稿トラブルが防げない最大の理由は、ルールや研修が足りないからではなく、「撮ろうと思えば撮れる状態」が放置されているからです。この記事を読めば、2026年10月に2週間で3件続いた病院での患者の無断撮影・SNS投稿の経緯と、ルールの徹底や研修の強化だけでは届かない理由、職場で今日から打てる3つの対策が分かります。
「うちの職場に限って、そんなことは起きない」
「撮影禁止だと伝えてあるから大丈夫」
こうした前提で止まっている職場は少なくありません。何か起きたあとの対策も、「ルールの周知徹底」と「研修の強化」にほとんど集約されます。ところが今回の3件は、どれもルールを知らなかったから起きた事案ではありませんでした。
この記事では、3つの事案を並べ直して「ルールがなかったから起きた」という説明がなぜ成り立たないのかを検証し、意思や倫理観に頼らず仕組みと環境の側で止める具体策をお伝えします。
興味深いのは、この3件が起きたのが、おそらく最も守秘義務の教育が厳しいはずの医療現場だった点です。最も厳しい現場ですら漏れたという事実は、「教育が緩い職場ではもっと起きている可能性がある」ことを意味します。
私は全国の学校・自治体・企業でSNSリテラシーの講演を行っている立場から、この問題を「当事者のモラルが低かった」で終わらせず、どの職場にも共通する構造の話として考えていきます。
2026年10月、2週間で何が起きたのか
まず、事実関係を時系列で整理します。いずれも各病院が公表した内容と報道に基づいています。
千葉西総合病院|夜勤中の動画を仲間内で共有し、2人が解雇
2026年10月5日の夜勤中、女性看護師2人が患者の映り込んだ動画を撮影しました。動画は別の看護師1人を含む3人のグループ内で共有されています。報道によれば、当事者に不特定多数へ拡散させる認識はなく、仲間内で共有するつもりだったとされます。
ところが10月8日、グループ病院の職員からの連絡で、病院はX上に投稿が出回っていることを把握。10月10日の懲戒委員会で、撮影・作成・投稿に関与した2人が解雇、閲覧のみだった1人は厳重注意となりました。
注目したいのは、見ただけの人も処分の対象になったという点です。「自分は撮っていない」は免責の理由になりませんでした。
JR札幌病院|「鍵アカウント・数時間」の投稿が、1か月半後に拡散
次に北海道の事案です。関わったのは20代で勤続1年未満の看護師2人でした。
8月17日、看護師Aが病室で私物のスマホを使って患者を撮影。8月28日、私的な集まりの場でAがその動画をBに見せ、Bが画面とAの様子を撮影してSNSに投稿します。9月17日には、Aが撮影した患者の画像をBに送り、Bが再び投稿しました。
Bの説明によれば、投稿が公開されていたのは「数時間程度」。それでも画像と動画がX上で広く拡散し始めたのは10月13日ごろ、最初の投稿から約1か月半が経ってからでした。病院は同日謝罪し、10月15日に調査結果と再発防止策を公表しています。
公表された再発防止策には、私物携帯電話の現場への持ち込み禁止ルール、個人情報の取り扱いとSNS利用ルールの周知徹底、コンプライアンス研修の強化、全職員を対象とした調査が含まれています。
柏厚生総合病院|院内で撮影した画像・動画の投稿で職員を解雇
3件目は千葉県柏市の病院です。10月15日の第1報で、職員が院内で撮影した画像・動画を個人のSNSに投稿していたことを公表し、患者やご家族に謝罪しました(投稿は削除済み)。翌16日の第2報では、調査の結果、院内規定に基づいて該当職員を解雇したことが公表されています。
報道では手術中の動画が投稿されていたと伝えられていますが、病院の公表文は「院内で撮影した画像・動画」という表現にとどまります。病院は、行動指導とSNS利用の教育、職業倫理の指導を徹底するとしています。
3件とも別の病院、別の人、別の場面です。それでも起きていることは、ほとんど同じでした。
「ルールの徹底」「研修の強化」だけでは、なぜ足りないのか
こうした事案が起きると、対策はほぼ例外なく「ルールの周知徹底」と「研修の強化」に向かいます。どちらも必要ですし、私自身、企業や学校で研修の場に立たせていただいている人間ですから、効果を否定するつもりはありません。
ただ、一度考えてみてほしいのです。
病院に「患者さんを撮影してSNSに上げてよい」というルールが、どこかに存在したでしょうか。
存在しません。どの医療機関にも個人情報保護のルールがあり、守秘義務は資格を取る段階で徹底的に教え込まれます。ルールは確実にあり、当事者もそれを知っていた。知っていたうえで撮影が行われたのです。
ルールを知っている人がルールを破った。これを「ルールが足りなかったから」で説明するのは無理があります。研修も同じで、形式的に実施するだけなら3か月後には記憶から抜け落ちる人が必ず出てきます。
問題はルールではなく「撮れる状態」にある
では、どこを見ればいいのか。私は、ルールのもう一段手前にある環境だと考えています。
3件に共通しているのは、とてもシンプルな事実です。病室に、手術室に、私物のスマートフォンがある。つまり、撮ろうと思えば撮れる状態で、患者さんの前に立っているということです。
もちろん、現場にスマートフォンがあること自体を責めるのは酷でしょう。必要なときすぐ調べられるようにしておきたいと考えるのは自然なことです。
それでも人間は、撮れる状態で「撮りたくなるもの」を目にすると、かなりの確率で撮ってしまいます。相手は衝動です。
私は音楽フェスによく行きますが、「撮影禁止」と繰り返しアナウンスされても撮ってしまう人は必ず出てきます。ルールという言葉は、瞬間的な衝動の前ではかなり分が悪いのです。やめられないのは意思の問題ではなく設計の問題。「撮らない」を意思に任せると必ず負ける人が出てくる。だから「撮れない」を設計でつくるしかない。
その意味で、JR札幌病院が再発防止策に私物携帯電話の持ち込み禁止を入れたことは、3件の中で最も踏み込んだ判断だと受け止めています。「やりすぎでは」という声もあるでしょう。ただ、研修を強化しても漏れる前提に立つなら、物理的に手段を断つ以外に確実な方法は思い当たりません。現場にスマホがなければ撮れない。撮れなければ投稿もできません。
なぜ最も教育が厳しいはずの医療現場で起きたのか
もうひとつの共通点は、3件とも医療の現場だということです。医療は守秘義務があり、患者さんの最も弱い場面に立ち合う仕事。だからこそ、個人情報の扱いについて最も厳しい教育を受けてきた職種のはずです。そんな現場で、2週間に3件が立て続けに出てきました。
ここから読み取れることは、ひとつしかありません。教育が最も厳しい職場ですら、撮れる状態であれば撮る人が出てくる。
これは病院だけの話ではなく、すべての職場で起こりうる
では、医療ほど教育が厳しくない職場ではどうでしょうか。飲食店、工場、オフィス、介護や福祉の現場、場合によっては学校。「お客様を撮ってSNSに上げてはいけない」という話は、どこでも一度は伝えられているはずです。問題は、どこまで自分ごととして自覚されているか。今回病院が大きく報じられたのは患者さんという分かりやすい被害者がいるからで、構造そのものは業種を問わず共通しています。
あなたの職場で、お客様や利用者さんの前に私物のスマホがある状態になっていないでしょうか。「撮ってはいけない」というルールだけを置いて、撮れる状態を放置していないでしょうか。
職場の「撮れる状態」を変える3つの対策
ここからは具体策です。初歩的に見えますが、初歩的だからこそ効きます。
1. 物理的に撮れない状態をつくる
最も確実なのは、現場にスマートフォンを持ち込まない運用です。ロッカーに預ける。業務上どうしても端末が必要なら、業務用端末を用意して撮影機能を制限する。
これは従業員を信用していないという話ではなく、衝動に勝てる人のほうが少ないという人間の性質を前提に設計するということです。信用の問題にすると、違反者が出たときに「あの人の人格が問題だった」で終わり、構造が残ります。
2. 「撮っていい場所」を先に決める
すべて禁止にすると、かえってグレーゾーンが生まれます。「このくらいなら」という判断が人によってばらつくからです。そこで、休憩室はよい、この廊下から先は不可、というように場所で線を引く。「気をつける」という曖昧な基準より、場所で決めるほうがはるかに機能します。
3. 見た人が止められる空気をつくる
今回の3件には、止めるチャンスが確かに存在していました。千葉西総合病院では閲覧のみだった人も処分を受け、JR札幌病院では見せられた側がそれを投稿しています。どちらも、見た人が止めていれば止まっていた可能性があるということです。
「それ、まずくないですか」の一言が言える職場かどうか。これはルールではなく空気感の話です。管理職や先輩の側が、指摘を歓迎する姿勢を日頃から示しておく。見て見ぬふりをした人まで処分される現実を共有しておくことも、抑止になります。
子どもに「スマホを取り上げる」だけでは解決しない理由
ここは、今回いちばんお伝えしたい部分です。
学校や保護者向けの講演でよく伺うのが、「子どもが何でも撮ってSNSに上げてしまうのが心配だ」という声です。その心配は正しいと思います。
ただ、今回の3件で撮影して投稿したのは、20代を超えた社会人です。国家資格を持ち、守秘義務の教育を確実に受けてきた人たちでした。
つまり、これは子どもだから起きる問題ではありません。撮れる状態で、撮りたくなるものを見たから撮った。大人になってからも、同じことは起こります。
だとすれば、子どもに「撮るな」「スマホを取り上げる」と対応することに、どれだけの意味があるでしょうか。禁止している期間、子どもの中に判断基準は育ちません。今の職場で起きている事案は、リテラシーが育たないまま大人になった先に何が起こるかを示しています。
最後に一点だけ。処分を受けた方々がやったことの重さは変わりませんし、解雇という判断も妥当だと考えています。ただ、個人の人格を否定して終わらせることには反対です。「この人たちが特別だった」で片づければ構造はそのまま残り、同じことがまた起こります。撮影された患者さんとご家族には、心よりお見舞いを申し上げます。
まとめ:ルールと研修は必要、それでも漏れる前提で設計する
今回の内容を整理します。
・2026年10月、2週間で3つの病院で患者の無断撮影・SNS投稿が相次いだ(千葉西総合病院/JR札幌病院/柏厚生総合病院)
・千葉西総合病院では閲覧のみだった人も厳重注意に。「見ただけ」は免責にならない
・JR札幌病院では、数時間程度の公開だった投稿が約1か月半後に拡散した
・3件ともルールを知らなかったわけではない。「徹底」「強化」だけでは根本に届かない
・共通していたのは「撮ろうと思えば撮れる状態」。意思に任せず、設計で止める
・対策は3つ。①物理的に撮れない状態をつくる ②撮っていい場所を先に決める ③見た人が止められる空気をつくる
・医療機関だけの問題ではなく、すべての職場で起こりうる
ルールと研修は当たり前に必要です。そのうえで、それでも漏れるという前提に立ち、漏れたときに被害が出ない環境をどう作るか。これからの職場に求められるのは、そこだと思っています。まずは大人が、自分の職場を見直すことから始めてみてください。
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