「鍵垢だから大丈夫」は本当?JR札幌病院の事例に学ぶ、鍵アカウントが守れない3つのこと

「鍵垢だから大丈夫」は、残念ながら成立しません。鍵アカウントが守ってくれるのは「今この瞬間に誰が見られるか」の範囲だけで、保存された後のことまでは守ってくれないからです。この記事を読めば、鍵垢が守れない3つのことと、職場で今すぐ確認してほしいルールが分かります。

「鍵をかけているから大丈夫」
「フォロワーしか見ていないから大丈夫」
「数時間で消したから大丈夫」
SNSを使う人の多くが、どこかでこう思っています。これは子どもだけの感覚ではありません。働いている大人も、まったく同じ感覚で鍵アカウントを使っています。

この記事では、この3つの「大丈夫」がすべて同時に破られた実際の事例を時系列で整理したうえで、なぜ鍵アカウントでは守れないのかを構造から説明します。そのうえで、職場で今日から使える3つのルールまでお伝えします。

注目してほしいのは時間差です。その投稿は数時間で消されていました。それでも拡散が始まったのは、撮影からおよそ1か月半後でした。

私は全国の学校・地方自治体・企業でSNSリテラシーの講演や研修を行っています。企業向けのSNS研修で最初に取り上げたい事例が、まさにこのケースです。個人の倫理観の問題として片づけてしまうと次が防げないので、構造の話として考えていきます。

目次

JR札幌病院で何が起きたのか|時系列で事実を確認する

まず、報道と病院側の公表で確認できる事実を時系列で整理します。出典は、病院の発表を伝えたJ-CASTニュース、HBC北海道放送、STV札幌テレビなどの報道です。

8月17日 — JR札幌病院に勤務する20代の看護師Aさん(勤務歴1年未満)が、病棟の病室で入院中の男性患者の動画を私物のスマートフォンで撮影しました。報道では食事の様子だったとされています。

8月28日 — 私的な懇親会、つまり飲み会の席で、AさんがBさん(20代・勤務歴1年未満の同僚看護師)にその動画を見せました。Bさんは、動画が映っている画面とAさんの様子を撮影し、自分のSNSに投稿しました。

9月17日 — Aさんが患者の写真を撮影してBさんに送信し、Bさんがそれも投稿しました。

投稿の状態について、Bさんの説明では、どちらも掲載していたのは数時間程度だったとされています。またSTVの報道では、投稿はフォロワー限定だったと伝えられています。

10月13日頃 — X上で突然、画像と動画の拡散が始まりました。病院は同日「深くお詫び申し上げます」と謝罪し、事実関係の確認を進めていると発表。患者のご家族にも電話で謝罪しました。

10月14日 — 病院長が直接謝罪しました。

10月15日 — 運営会社であるJR北海道と病院が、調査で判明した事実と再発防止策を公表しました。再発防止策には、私物スマートフォンの持ち込み禁止の徹底、個人情報の取り扱いとSNS利用ルールの周知徹底、コンプライアンス研修の強化、そして全社員を対象に「同意なく患者を撮影したことがないか」「患者の情報をSNSに投稿したことがないか」を調べる調査の実施が含まれています。HBCの報道によると、看護師は「おもしろ半分で」投稿したと認めているとされています。

事実を並べると、こうなります。鍵(フォロワー限定)をかけていた。数時間で消した。それでも、およそ1か月半後に全国に広がった。

「鍵垢だから大丈夫」はなぜ成立しないのか|鍵アカウントが守れない3つのこと

そもそも、なぜ「鍵をかければ大丈夫」という感覚が生まれるのでしょうか。

鍵をかければフォロワー以外には見えない。これは事実です。知らない人には見られない設定になっていますし、検索にも出てきません。だからこそ、閉じた場所のように感じられます。

けれども、鍵が守っているのは「今、見られる人の範囲」だけです。守っていないものが3つあります。

1. フォロワーが何をするかは守れない

鍵アカウントのフォロワーは、基本的に知っている人です。でも、知っている人がスクリーンショットを撮らない保証はどこにもありません。

むしろ逆で、知っている人のほうが「これ、やばくない?」と誰かに見せたくなるものです。鍵アカウントの中身が外に出るとき、出口はほぼ必ずフォロワーの誰かです。

2. 保存された後は守れない

今回、投稿は数時間で消えています。それでも拡散したのは1か月半後でした。

つまり、誰かがその数時間のうちに保存し、1か月半持っていたということです。

消したものは、消えていません。撮ったもの、投稿したものは、誰かに渡った時点で自分のコントロール下から離れます。投稿した瞬間にあなたの手を離れるのです。消したつもりになっているのは、自分の手元だけです。

3. フォロワーとの関係が変わった後は守れない

鍵アカウントのフォロワーは固定ではありません。

今は仲のいい同僚でも、半年後に関係が変わるかもしれません。「仲間だから見せていい」と思って投稿したものは、仲間でなくなった後も相手の手元に残ります。

いわゆる「フレネミー」、友達のふりをしているけれど実はそうではない人が、フォロー申請を通って鍵アカウントの中にいる可能性もあります。その人が過去の投稿をすべて保存していて、関係がこじれたときに一気に出す。そんな人が1人でもいれば、それで終わりです。

つまり、鍵アカウントは「空間」は閉じていても、「時間軸」は閉じていないのです。今誰が見ているかは制限できても、保存された後に誰の手に渡るかは制限できません。

だから私は、鍵アカウントであっても、広がったら困るものは載せてはいけないと考えています。

私自身もXに鍵アカウントを持っていますが、そこで書いているのは、自分がいま何に挑戦し、何に失敗して悩んでいるか、といった話です。正直、拡散されたところで困りません。鍵の中に置いていいのは、そういうものだと思っています。

「数時間で消したから大丈夫」が効かない理由は?

もう一つ、「数時間で消した」という感覚についても考えておきたいと思います。

しかしSNSの投稿は、見た人の数ではなく、保存した人が1人でもいるかどうかで決まります。

100人が見ても、誰も保存していなければ、消した時点で終わりです。逆に、たった1人しか見ていなくても、その1人が保存していれば永久に残ります。

数時間でも、フォロワーが数十人いれば、誰か1人が保存する確率はゼロではありません。しかも今回のように中身が患者を撮った動画であれば、「これ、まずいんじゃないか」と思って保存する人はむしろ出てきやすいでしょう。

私はスポーツ選手向けのSNSリテラシー研修でも、ここは徹底してお伝えしています。「後で消そう」と思っているものは、そもそも投稿しない。 これがルールです。「後で消すから」は、「保存されても困らない」の代わりにはなりません。

なぜ職場でこうした動画が撮られてしまうのか

少し大きな話をします。

今回、撮影は8月17日、それを見せたのは8月28日の飲み会の席でした。Aさんにとって、患者の動画は「飲み会で友達に見せるネタ」だったということです。その感覚でスマートフォンの中に入っていた。

以前、別の病院で夜勤中の様子を動画にして投稿してしまった事例を取り上げましたが、今回はもっと手前の段階です。「面白いものを撮って友達に見せる」という、ごく日常的な行動を、職場で、患者さん相手にそのままやってしまった。

これを「看護師の倫理観が低い」で終わらせてしまうと、次を防げません。面白いものを撮って見せるという行動は、いまの20代にとっては呼吸のようなものです。問題は、その行動が職場では止まる、という状態になっていなかったことのほうにあります。

その意味で、JR北海道と病院が再発防止策に「私物スマートフォンの持ち込み禁止の徹底」を入れたのは、かなり的を射ていると思います。意識や倫理観の呼びかけで防げないのであれば、構造で止めるしかないからです。

そして、全社員に「撮ったことがないか」を尋ねる調査まで行うということは、この2人だけではないかもしれないと組織側が考えている、ということでもあります。

企業のSNS研修で最初に確認したいこと|あなたの職場の鍵垢は大丈夫か

私が企業や学校、地方自治体でSNS教育の講演をするとき、この話を子どもの問題として語ることはありません。

「若い子は鍵垢なら大丈夫だと思っている」で終わらせず、あなたの職場の鍵アカウントに、職場の何かが上がっていませんかと問いたいのです。

一度、自分の鍵アカウントの中身を思い出してみてください。職場の愚痴。同僚の写真。お客さんの話。会議の様子。「フォロワーしか見ていないから」と思って上げているもの。

そのフォロワーの中に、保存する人が1人でもいたらどうでしょうか。今は仲がよくても、来年は関係がこじれているかもしれません。

実際、スキャンダルが表に出るときも、鍵アカウントの中身が流出していることは少なくありません。公開アカウントでは人は慎重になります。鍵アカウントは、その慎重さを外してしまうのです。

鍵アカウントを安心して使い続けるための3つのルール

職場で共有してほしいルールは3つです。

1. 鍵垢は「今は見えない」であって「ずっと出ない」ではない。公開アカウントと同じ基準で投稿する。

2. 「後で消すから」は理由にならない。消す前提のものは上げない。

3. 職場のものは、そもそも鍵垢でも上げない。人も、場所も、情報も上げない。

面倒に感じるかもしれませんが、「鍵をかけているから」という安心感が落とし穴になっている事例は、いま本当に増えています。

私は、SNSは人生を豊かにする道具だと思っています。鍵アカウントで仲間とだけつながる使い方も、楽しい使い方の一つです。

ただ、鍵アカウントは安全な場所ではなく、見える人をいったん選べているだけの場所です。選んだ人が何をするかまでは選べませんし、保存された後のことはコントロールできません。

だから、鍵の中に置いていいものは決まっています。外に出ても自分が困らないものです。もし鍵アカウントの誰かがスクリーンショットを外に出したときに困るものなら、それは載せないほうがいい。これは鍵アカウントの価値を下げる話ではなく、鍵アカウントをこれからも安心して使い続けるための話です。

まとめ:鍵が閉じているのは「空間」だけで、「時間」は閉じていない

今回の内容を整理します。

・JR札幌病院で、20代・勤務歴1年未満の看護師2人が入院中の患者を無断で撮影しSNSに投稿。10月13日頃からXで拡散し、病院とJR北海道が謝罪、15日に調査結果と再発防止策を公表した
・投稿はフォロワー限定で、掲載は数時間程度だったとされる。それでも撮影から約1か月半後に全国へ広がった
・鍵アカウントが守れないのは3つ。フォロワーが何をするか、保存された後、フォロワーとの関係が変わった後
・SNSの投稿は「何人が見たか」ではなく「1人でも保存したか」で決まる。「後で消すから」は理由にならない
・個人の倫理観の問題にせず、私物スマートフォンの持ち込み禁止のような構造で止める対策が要る
・職場のルールは3つ。鍵垢も公開と同じ基準で。消す前提のものは上げない。職場のものは鍵垢でも上げない

最後に、撮影された患者さんとご家族に心からお見舞いを申し上げます。こうしたトラブルが少しでも減るように、私もSNSリテラシーの発信を続けていきたいと思います。

鍵をかけること自体は悪いことではありません。ただ、鍵が閉じているのは空間だけで、時間は閉じていない。この一点を、ぜひ職場でも家庭でも共有してみてください。

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