ハッシュタグの重複をめぐるファン同士の対立は、「どちらが正しいか」では解決しません。仕組みを説明して、判断をコミュニティに預けることで沈められた例があります。この記事を読めば、炎上対応として珍しく成功した公式見解の3つのポイントと、個人のSNSでも使える考え方が分かります。
「こっちが先に使っていた場所なのに」
「本名なんだから使って何が悪いのか」
どちらの言い分も、その人の側からは正しいんですよね。だからこの手の対立は、放っておくとどこまでも続いてしまいます。
この記事では、2026年10月に実際に起きた「KAITO」という名義の重複と、それに対して出された公式見解を題材にします。
意外に思われるかもしれませんが、この見解は「どちらが正しい」とも言わず、どちらの使用も制限しませんでした。それでも対立が沈みました。なぜそれが効いたのかを分解します。
私は全国の学校・PTA・企業・地方自治体でSNSリテラシーやメディアリテラシーの講演を行い、炎上の構造と鎮まり方を日々追っています。その視点から書きます。
何が起きたのか
「カイト」名義が2つ重なった
今SNSに「カイト」という名義で活動している存在が2つあります。
1つは、King & Prince の高橋海人さんです。2026年10月3日にソロ名義「KAITO」を発表し、10月5日にデジタルシングルを配信されました。本名から取った名義で、配信初日の再生数は100万回を超えたと伝えられています。
もう1つは、クリプトン・フューチャー・メディアのバーチャルシンガー「KAITO」です。2006年発売で、初音ミクの先輩にあたる日本語の男性ボーカロイド第1号。今年で20周年を迎えます。
「検索汚染」と「本名だから問題ない」の対立
X でローマ字の「KAITO」で検索すると、この2つに関する投稿が混ざります。
ボカロファンからは「検索汚染だ」という声が出て、King & Prince のファンからは「名前は本名由来なんだから問題ないだろう」という声が出て、対立になりました。
ここまでは、よくある炎上です。私が取り上げたいのはここからです。
クリプトンが出した見解
2026年10月5日、クリプトンが公式X で見解を出しました。要点は3つです。
- 「カイト」という名称やハッシュタグについて、様々な声が寄せられている
- 同名の仕様によるハッシュタグなどの重複を完全に防ぐことは、仕組み上困難である。今後も検索やSNSで双方の情報が混在する可能性がある
- それぞれを応援する人々が、お互いの存在や活動を尊重しながら楽しんでほしい。互いを認め合える優しいコミュニティであり続けられるよう、見守っていただけますと幸いです
名義変更の要求も、権利侵害の主張も、一切ありません。
これはSNSの炎上対応として、かなり珍しい好例だと思います。
対立の根っこは「ハッシュタグは誰のものか」というずれ
この対立の根っこにあるのは、ハッシュタグは誰のものなのか、という感覚のずれです。
どちらも自分の側からは正しい
ボカロファンにとって、そのハッシュタグは20年間自分たちが使ってきた場所です。愛着も積み重ねもあります。だから後から来た人に場所を奪われたと感じるのは自然だと思います。
一方でアイドルのファンにとって、それは推しの本名です。使うことは何も不思議ではない。なぜ使ってはいけないのか、と感じている。
どちらも、自分の側からは正しいんですよね。
ハッシュタグはそもそも誰のものでもない
ただ、ここで言いたいのは、ハッシュタグはそもそも誰のものでもないということです。
ハッシュタグは、同じ言葉をつけた投稿をまとめて見られる仕組みです。それだけです。所有権も先着順もありません。誰でもいつでも同じタグをつけられます。
20年使っていても、昨日始めても、仕組み上は同じハッシュタグとして流れます。
これは不公平だと思う気持ちは分かります。でも、公平か不公平かで議論しても答えは出ません。仕組み上そうなっているからです。
クリプトンはここを正確に説明しました。「仕組み上、重複を防ぐことは困難である」。これは諦めてくださいと言っているのではなく、この議論には答えがありませんと言っているんです。
答えのない議論を「答えがない」と言うのは、結構勇気がいることだと思います。
この対応がうまい3つの理由
1. どちらにも立たなかった
もしクリプトンが「名義を変えてほしい」「このハッシュタグは使わないでほしい」と言ったら、ボカロファンは喜んだかもしれません。でもアイドルのファンとの対立は決定的になります。
逆に「本名なんだから自由です」と言えば、今度は自分たちのファンから声が上がります。
どちらかに立ったら、半分が敵に回る構造なんです。クリプトンは立ちませんでした。
どちらが正しいかを選ばせると、選ばれた側と選ばれなかった側で対立が起きます。今回は選ばないことで、どちらも敵にしなかった。
2. 感情ではなく仕組みで説明した
「お気持ちは分かります」で終わると、それは感情のケアなので「で、どうするの」という話になってしまいます。
クリプトンは「ハッシュタグは重複します。それは仕組みです」と事実として言いました。事実を言われると、人は怒りの向け先を失います。
以前お話ししたとおり、こういう場面で相手が知りたいのは「誰が悪いか」ではなく「なぜこうなるか」なんですよね。どちらが正義かなんて、実はどうでもいいんです。なぜこんなことになったのか。そこに明確な答えを出したのが、今回のポイントでした。
3. 命令ではなく「見守ってください」と信頼を預けた
最後の一文がすごいんです。「互いを認め合える優しいコミュニティであり続けられるよう見守っていただけますと幸いです」。
やめてください、ではありません。命令していません。「見守って」なんです。
つまり、どうするかをファンに預けてしまった。命令ではなく、信頼として出された文章です。
信頼していなかったら、見守ってくださいなんて言えないと思います。20年間ボカロ文化を支えてきたファンに対して、「あなたたちなら優しくできますよね」という信頼を前提に書かれている。
言われた側は、もう引くしかありません。誰も傷つけない言い方ができているのは、本当にすごいと思いました。
これは企業の話ではなく個人のSNSでも同じ
これは企業の話に見えて、個人のSNSでも同じです。
自分のハンドルネームと同じ名前の人が後から出てきた。自分が作ったタグを全然違う文脈で使われた。自分が育てたコミュニティに知らない人が大量に入ってきた。
こういうとき、「こっちが先だ」「場所を奪われた」と言いたくなりますよね。
SNSの場所は全部共有スペース
でも、ここがめちゃくちゃ大事なところです。SNSの場所は全部共有スペースです。
名前もタグもトレンドも、誰のものでもありません。
もちろん、なりすましや嫌がらせでやるのは良くないことです。でもそうでないなら、そこは共有スペースなので、誰も文句は言えません。
どうしてもその人たちだけの世界を作りたいなら、ファンサイトなどを作ればいい話なんですよね。
「出ていけ」ではなく「分けよう」
今回、正しい対応だと思ったのは「出ていけ」ではなく「分けよう」という発想です。
実際、ファンの側から出てきた工夫がまさにそれでした。単体のタグではなく、別の語と組み合わせた複合タグにする。もう一方のファンも、関連する語と組み合わせて使う。そういう意見が出ていました。
タグを奪い合うのではなく、どうしても分けたいなら分けて使う。これならどちらも損をしません。
しかもこれは運営がやることではなく、使う側が今日からできる工夫です。こういう工夫がファンの中から自発的に出てくるなら、それが理想だと思います。
一番好きな文言は「あり続けられるよう」
今回の見解の中で私が一番好きなのは、「優しいコミュニティであり続けられるよう」という言葉です。
「優しいコミュニティにしてください」ではなく、「あり続けられるよう」なんですよね。
つまり、これまでも優しいコミュニティだったじゃないか、これからもそうでいてね、という思いが乗っている。
20年間、個人のクリエイターがお互いの作品を見つけて、応援して、育ててきた場所です。クリプトンはその20年を信じて、見守ると言った。
私も小さなコミュニティのようなものを運営していますが、場所の空気はそこにいる人が作ると思っています。
運営ができるのは、仕組みはこうですと説明すること、そして信じること。ここまでです。その先は、使っている人が決める部分なんですよね。
今回、どちらのファンも「信じています」と言われました。だったら、それに応える側になるしかないと思います。
まとめ
- 2026年10月、「KAITO」という名義が、King & Prince の高橋海人さんのソロ名義と、2006年発売のバーチャルシンガーで重なり、ファン同士の対立が起きた
- クリプトン・フューチャー・メディアは10月5日に見解を出し、名義変更の要求も権利侵害の主張もしなかった
- 対立の根っこは「ハッシュタグは誰のものか」という感覚のずれ。ただしハッシュタグに所有権も先着順もない
- この対応がうまかった理由は、どちらにも立たなかった/感情ではなく仕組みで説明した/命令ではなく「見守ってください」と信頼を預けた、の3つ
- 相手が知りたいのは「誰が悪いか」ではなく「なぜこうなるか」。事実を示すと怒りの向け先がなくなる
- SNSの名前・タグ・トレンドは全部共有スペースで、個人のSNSでも同じ構造になる
- 対立したときは「出ていけ」ではなく「分けよう」。複合タグなど、使う側が今日からできる工夫がある
SNS教育講演会のご相談を承っております
SNS教育講演家の櫻井健太は、全国の学校・PTA・教育機関・企業・各種団体様を対象に、SNSリテラシーやメディアリテラシーに関する講演会を実施しています。
SNSトラブルや誹謗中傷、スマホ依存、闇バイト、ネット詐欺、生成AIによるフェイク画像・フェイク動画など、対象者やご希望に合わせて講演内容を調整いたします。
SNSの危険性を一方的に伝えるのではなく、SNSやAIが持つ可能性にも触れながら、「禁止する」のではなく「自分で考えて正しく使えるようになる」ことを大切にしています。
小学生・中学生・高校生・保護者・教職員向けの講演に対応しております。開催内容や料金、講演時間などについては、以下のお問い合わせフォームよりお気軽にご相談ください。
YouTubeでもSNSの最新情報を発信しています
YouTubeでは、SNS教育講演家の視点から、SNSで話題になったニュースや炎上事例、ネット詐欺、誹謗中傷、スマホとの付き合い方などを分かりやすく解説しています。
子どもたちに伝えたいSNSの知識はもちろん、保護者や教職員、大人のSNS利用にも役立つ内容を発信しています。
SNSや生成AIを安全に活用するための知識を身につけたい方は、ぜひ動画もご覧ください。
チャンネル登録もしていただけるとうれしいです。
電子書籍でもSNSリテラシーについて発信しています
Amazon Kindleでは、子どもたちのSNS利用や、保護者・教育関係者に知っていただきたいSNSリテラシーについてまとめた電子書籍を出版しています。
講演会やYouTubeとあわせて、ぜひご覧ください。
【PR】▶ SNSリテラシー関連書籍をAmazonで見る