炎上の燃料には2種類あります。1つは「古い記録」、もう1つは「編集された記録」です。この記事を読めば、この2つが重なったときに何が起きるのか、そして自分の過去が出てきたときの対応順序と、見る側として気をつけることが分かります。
「昔のことだから、もう終わった話だ」
「切り抜きだと説明すれば分かってもらえるはず」
そう考えたくなります。けれど、この2つの前提はどちらも成り立たないことがあります。
この記事では、2026年9月に実際に起きた拡散事例を題材に、炎上の構造を整理します。有名人だけの話ではなく、私たち全員が同じ2つの燃料を抱えているという話です。
意外に思われるかもしれませんが、切り抜きは嘘を1つもついていなくても、受け取る側の結論を変えてしまいます。だからこそ反論しにくいんですよね。
私は全国の学校・PTA・企業・地方自治体でSNSリテラシーやメディアリテラシーの講演を行っています。炎上の構造という視点から書きます。
何が起きたのか
2026年9月29日、キックボクシングの現役王者の方の、約6年前とされる動画がX で拡散されました。
その方はジャパンキックボクシング協会のフェザー級王者で、2024年11月に当時19歳で王座を獲得されています。
拡散された動画には、戦意を失った状態の相手を何度も蹴る場面が含まれていたとされています。
本人の説明と謝罪
本人はすぐに説明と謝罪を出しました。要約すると、次の内容です。
- 6年前、格闘技を習う前の映像である
- 肩がぶつかったことがきっかけで喧嘩になった
- 相手が手を出している場面は切り抜かれてアップされている
- その上で、このような暴力を振るう行為は最低だと思う。反省する。申し訳ございませんでした
つまり、切り抜きだと主張しつつ、暴力そのものは認めて改めて謝った、ということです。
この記事で判断しないこと
はっきりさせておきます。相手が先に手を出したかどうかは、私には分かりません。
元の動画を確認できていませんし、仮に見たとしても、どう切り抜かれているかは分からないと思います。ですので、そこは判断しません。
私が書きたいのは、6年前の動画が今になって切り抜かれて出てくる、という構造の話です。
炎上の燃料①:古い記録
1つ目の燃料は「6年前」であることです。
6年前は、その方にとっては格闘技を習う前の自分です。今の自分とは違う。おそらく本人の中では終わった話だったはずです。
でも、SNSにとって6年前と今は同じなんですよね。
有名になると過去の記録に価値が生まれる
以前、炎上した投稿を削除しても終わらない、消したこと自体も記録される、という話をしました。今回はもっと手前の話です。
そもそも、撮られたものは消えていません。
6年前に誰かが撮った動画は、誰かのスマホに残っています。クラウドにも、転送先にも残っています。本人が終わったことだと思っていても、記録としては残り続けます。
そして、本人が有名になった瞬間に、その記録に価値が生まれてしまいます。
無名の人の喧嘩の動画は誰も見ません。でも「現役王者の過去の喧嘩の動画」は拡散されます。有名になるということは、過去の記録が全部「掘る価値のあるもの」に変わるということなんです。
「撮られたもの」も自分の手を離れている
以前、リベンジポルノの解説をしたときに「撮ったものは自分の手を離れる」という話をしました。
これは「撮られたもの」でも同じです。自分が撮っていなくても、自分が映っているものは、すでに自分の手を離れています。
誰かに撮られていたものについては、もうこちらからはどうしようもありません。ここが本当に恐ろしいところです。
炎上の燃料②:編集された記録
2つ目の燃料が、切り抜きです。
本人の主張が正しければ、元の動画には相手が手を出している場面もあるはずです。それが切られて、一方的に蹴っている場面だけが残った。
これが本当かどうかは誰にも分かりません。ただ、構造としてはっきり言えることがあります。
切り抜きは嘘をつかずに意味だけ変えられる
切り抜きの恐ろしさは、嘘をつかずに意味だけを変えられることです。
映っている映像は本物です。加工もしていません。でも前後を切り取るだけで、「喧嘩」が「暴行」という言葉に生まれ変わります。お互いに手を出していたはずのものが、一方的にやったように見える。
嘘は1つもついていないのに、受け取る側の結論が変わってしまうんですよね。
嘘ではないからこそ反論しにくい
今回拡散されたのは、6年前の数十秒です。
見る側には、それが6年前であることも、格闘技を習う前であることも、映像からは分かりません。弁明が入るまでは、「王者が人を蹴っている」ことしか見えないんです。
編集された記録は、嘘ではないからこそ反論しにくい。「切り抜きです」と言っても「でも蹴っているじゃん」と返されてしまいます。
以前、地上波のテレビに出演させていただいたときに、芸能人の方と炎上についてお話ししたことがありますが、そのときも切り抜きは本当に困るとおっしゃっていました。
わざわざ元の動画を見に行く人は少ないので、切り抜きだけで判断されてしまうんです。
今回の対応はどうだったのか
SNS教育講演家として学校や企業で講演をしている立場から見ると、今回の謝罪の仕方は決して悪くなかったと思います。理由は2つあります。
謝罪が言い訳より先に出ていた
1つ目は、切り抜きだという主張をしながら、その上で「暴力は最低だし反省する」と暴力そのものを認めて謝っていることです。
切り抜きだから自分は悪くない、という方向に行かず、謝るべきところで謝っている。
以前、言い訳が事実より先に出ると燃える、という話をしました。今回は言い訳より謝罪が先に来ています。ここが良かったと思います。
対応が早かった
2つ目は、拡散されてから説明までがほぼ同日だったことです。炎上対応では、速さがそのまま信頼に影響します。
それでも証明できない部分は残る
ただ、相手が手を出している場面が切り抜かれている、という部分は本人には証明できません。元の動画を持っているのは拡散した側だからです。
だから主張としては残るけれど、信じる人は信じるし、信じない人は信じない。これが編集された記録で燃えてしまったときの、どうしようもない部分です。本人は元の文脈を証明する手段を持っていないんですよね。
この2つの燃料は全員が持っている
ここが一番お伝えしたいところです。
古い記録と編集された記録という2つの燃料は、有名人だけの話ではありません。
6年前のLINEのやり取りはどこかに残っているはずです。中学のときの写真が誰かのスマホに残っているかもしれません。昔の投稿がスクリーンショットされているかもしれません。
今は誰も見ないし、ネットの海に沈んでいます。でも掘り起こすことは不可能ではありません。
そして、就職するとき、結婚するとき、何かで少し有名になったときに、当時は何の価値もなかった一般人の記録に価値が生まれる可能性があります。そして切り抜かれて出てきます。
私が中高生への講演でいつも伝えているのは、「今の投稿は5年後の自分が見られても困らないものなのか」ということです。今回の件はまさにそれだと思います。
過去を消せという話ではありません。消せないからです。過去に何も残すなという話でもありません。今はみんな記録を残していますから。
私が言いたいのは、残ってしまう前提で、誰かが見ている前提で、今をちゃんと生きようということです。この意識があるだけで、未来の自分の足を今の自分が引っ張ってしまうかどうかが変わってきます。
これからどう生きるか。3つの方針
1. 撮られる前提で動く
今の時代、どこにいても誰かのスマホが向いている可能性があります。喧嘩、口論、酔った姿。
「今ここで誰かが撮っていたら」と1秒考えてみてください。萎縮ではなく、現実を確認するということです。
2. 過去が出てきたら事実を先に認める
もし自分の古い記録が出てきたとき、「切り抜きだ」「文脈が違う」と言いたくなります。言うのはいいんです。
ただ、順番です。「これは明確に私の動画です。これは悪かったです」と先に認めて、そのうえで文脈を補足する。
逆にすると、全部が言い訳に聞こえてしまいます。謝罪は早いところに置いたほうがいい。だからこそ、今回の対応は良かったと思っています。
3. 見る側として切り抜きの前後を疑う
これは何度も言っていることです。
学生のいじめの動画を大量に拡散するアカウントがありますが、いじめているように見えて、実は反撃をしているだけで、先に手を出したのは手前にいる人かもしれません。
前に何があったのか、後がどうなったのかが分からない状態のものは、過剰に信じない。そして、むやみに拡散しない。ここを徹底してほしいと思います。
まとめ
- 2026年9月29日、キックボクシングの現役王者の約6年前とされる動画がX で拡散され、本人は即日で説明と謝罪を出した
- 炎上の燃料は「古い記録」と「編集された記録」の2つで、今回はこれが重なった
- 撮られたものは消えず、本人が有名になった瞬間に過去の記録に価値が生まれる
- 自分が撮っていなくても、自分が映っているものはすでに自分の手を離れている
- 切り抜きは嘘をつかずに意味だけを変えられるため、本人が反論しにくい
- 今回の対応は、言い訳より謝罪を先に出し、かつ速かった点が良かった。ただし文脈を証明する手段は本人にはない
- この2つの燃料は全員が持っている。残る前提・見られる前提で今を生きることが対策になる
- 見る側は、前後が分からない切り抜きを過剰に信じず、むやみに拡散しない
SNS教育講演会のご相談を承っております
SNS教育講演家の櫻井健太は、全国の学校・PTA・教育機関・企業・各種団体様を対象に、SNSリテラシーやメディアリテラシーに関する講演会を実施しています。
SNSトラブルや誹謗中傷、スマホ依存、闇バイト、ネット詐欺、生成AIによるフェイク画像・フェイク動画など、対象者やご希望に合わせて講演内容を調整いたします。
SNSの危険性を一方的に伝えるのではなく、SNSやAIが持つ可能性にも触れながら、「禁止する」のではなく「自分で考えて正しく使えるようになる」ことを大切にしています。
小学生・中学生・高校生・保護者・教職員向けの講演に対応しております。開催内容や料金、講演時間などについては、以下のお問い合わせフォームよりお気軽にご相談ください。
YouTubeでもSNSの最新情報を発信しています
YouTubeでは、SNS教育講演家の視点から、SNSで話題になったニュースや炎上事例、ネット詐欺、誹謗中傷、スマホとの付き合い方などを分かりやすく解説しています。
子どもたちに伝えたいSNSの知識はもちろん、保護者や教職員、大人のSNS利用にも役立つ内容を発信しています。
SNSや生成AIを安全に活用するための知識を身につけたい方は、ぜひ動画もご覧ください。
チャンネル登録もしていただけるとうれしいです。
電子書籍でもSNSリテラシーについて発信しています
Amazon Kindleでは、子どもたちのSNS利用や、保護者・教育関係者に知っていただきたいSNSリテラシーについてまとめた電子書籍を出版しています。
講演会やYouTubeとあわせて、ぜひご覧ください。
【PR】▶ SNSリテラシー関連書籍をAmazonで見る
